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成長について

最近、楽器を弾くのをやめてしまった。実際には、全く弾かないという事でもないのだけれど、少なくとも練習は一切しなくなってしまった。楽器を弾く事に成長の可能性が見いだせなくなったためだ。

最近明確に認識出来るようになった事がある。自分にとって、飽きるかどうかは成長の要素があるかどうかで決まるという事だ。上達しなくなるとやめてしまう。もちろん、上達というのは自分と向き合うという側面もあるので、しばらく上達しないような期間でも根気よく続けていけば、ある瞬間からまた成長が見込めるという事もある。ただ、今の時期はそういった部分に根気よく時間を割くような状況ではないというところが大きい。

まぁそれは置いておいて、成長するためにはどうしたらいいか、という事について考える。

そもそも成長とは何か。これは、「今まで出来なかった事が出来るようになる」という事だ。成長の可能性があるという事は、「今まで出来なかった事が出来るようになる可能性がある」という事だ。

「今まで出来なかった事が出来るようになる」ためには、二つのアプローチがある。

  • 自分の capability を上げる
  • 自分の capability を別の領域で活用する

前者は、楽器でいうところの「ベースを弾き続けてその腕を上げていく事」であり、後者は「ベースの弾き方を応用して、ウクレレを弾く事」に近い。

後者については、それを成長とみなせるかは微妙なところである。潜在的に出来ていた事が、明確に実証されただけとも言える。一方で、実は「ベースを弾く」という限定的な技術を蓄えていただけかと思っていたが、実際には少しの改変で応用できるような、汎用的な技術を蓄えていたとも捉えられる。そういった認識が出来るようになれば、今後は知識や技術はなるべく汎用的な形に変換して自身のスキルとしていこうという意識が生まれるので良いかもしれない。

ある知識やスキルというのは、それ自体がある分野でさほど先進的ではない場合にも、別の領域に持っていったら先進的な概念に早変わりするという事がある。ドラえもんの未来の道具は、未来の世界では当たり前という事と同じだ。そうなると、組み合わせる事自体が先進的な概念になる可能性があるし、組み合わせるに当たって先進的な視点が必要となる場合もある。特に後者の過程では成長が見込めるのではないかなと思う。

個人の状況としては、効率を優先するあまり、組み合わせによる成長ばかりにウェイトを取りすぎている気がする。特に 30 歳を過ぎてからはそれが強い。歳を取って新たに学ぶ意欲が低下している兆候かもしれない。なので、意識的に基礎的な知識を一つずつ積み上げていくという事をやっていかないと、長期的な成長が期待できなくなる可能性があるなと思った。