読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

優秀な人たちと、凡庸な人たち

Facebook あたりで出回っているネタで「何で 10 分で出来上がる仕事に大金を払わないといけないんだ?「それを 10 分で出来るようになるために、10 年の歳月努力しているからです」というのがあって、なんだか色々な人が共感しているらしい。要するに、時間に対して対価を支払うのではなくて、アウトプットに対して価値は支払われるべきだ、という事だ。

一方で、「ホワイトカラーの残業代は支払わなくても良いのではないか?」という日本政府の案については結構批判が上がっていたりする。多分、「会社に雇われていて、それに対して対価を貰っている」という意識が強いのだろう。

昔から日本の終身雇用は特殊と言われているが、特に大企業なんかだと、役員クラスでさえ、よほど大きな失態を犯さない(犯罪レベル)限りは何してもクビどころか降格にならなかったりする。どれだけ赤字を垂れ流したり、リストラを断行しても、役員だの管理職だのは報酬を返上したり、ボーナスをカットされるだけだったり。

うちの会社を見てみても、みんな何かに雇われていて守られていて、勝手に仕事を与えられて勝手に要員を割りあてられていて勝手に給料が上がっていっているような錯覚にさえ陥る。なんとなく責任の在処がわからない中で、みんななんとなく何かに怯えながら仕事をしているような。

なんとなく曖昧な責任の中で仕事をするくらいなら、「KPI 達成できなかったらクビね」くらいの明確な基準を定めてドライブさせていったほうが、幾分フェアだしみんな潔く仕事が出来るんじゃないかなとも思う。でも、実際にはドライブさせる事が出来る人は少ないだろうし、マネジメント出来る人も殆どいないだろうし、ジャッジする人なんで数えるほどしかいないのだろう。

おそらく、そういう組織には優秀な人は残らず、残された凡庸な人かよっぽどお人好ししか残らない。どんどん効率がよくなり、優秀な少数が主導権を握るような世界で、凡庸な大多数の組織が太刀打ち出来るかどうか不安である。