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考えの変化

今年で twitter を始めて 6 年になる。

twitter は会社入った時に同期がやっていたので、便乗したのが動機だったと思う。最初の何年かは(特に福岡で働いている頃は)些細なコミュニケーションを取るのに便利だったものの、今ではほとんど使っていない。自分の tweet を読み返そうとも思わないし、読み返したところであまり響いてくるものはなさそうだ。そもそも 14000 post もの中からマトモなものを探す気すら起きない。

Facebook もほとんど投稿しなくなったし、最近では他の人の投稿もほとんど読まない。友人が押した「いいね!」のお陰で、見ず知らずの人の投稿がどんどんタイムラインに飛び込んでくるのが非常に辛い。友達の友達は友達ではなく、どうでもいい人だということを再認識させられる。私のような人には Facebook は合わないのだろう。Facebooktwitter と同じく自分の投稿を読み返す感じにはならない。記事のどうでも良さという意味では、twitter よりもどうでも良いといえる。

6 年変わって何が変わったのかと考えてみると、Web に承認欲求を求めなくなったというのと、Web に関してほとんど見切りをつけたということなのかもしれない。前者は、おそらく仕事を通して人と関わる中でもうお腹いっぱいになっているのだろう。後者も、結局 Web というのは媒体に過ぎず、それを通して何をやったとしても緩くやっている限りは何も生み出さないという事を悟ったのだろう。これも、「それだったらきちんと働いて成果を出した方がまだ世の中の為になる」という考えが元になっている。

振り返ってみると、仕事というのは自分の価値観形成に大きく影響を与えているのではないかとちょっと恐ろしくなってきた。まぁ、月に 20 日以上は会社で働いているのだから、どうあがいても自分の人生の軸に仕事というものが刺さってくるのは避けようがない。

ちなみに、blog についてはその時期の自分の考えを記録しておくという意味で役に立っている。これは、誰かに見てもらいたいというのも少なからずあるけれど、未来の自分に見てもらいたいというところが大きい。だったら公開しなくても良いじゃんっていう矛盾もあるけれど。