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何のために勉強をするかと考える事自体が間違いなのではないか

今の部署に異動してからの大体 2 年半で、資格の勉強を細々と続けている。

内容としては、応用情報処理技術者ネットワークスペシャリスト、セキュリティスペシャリストと、いわゆる情報処理技術者試験。あとは TOEIC. コツコツやれば案外合格できるし、TOEIC もなんだかんだでピークの時より 100 点ほど伸びたのでそれなりに進歩しているのではないかと思う。

元々は、業務分掌が大きく変わったというところがあって、乏しい知識を埋めるという目的で始めたが、ネットワークスペシャリストを取った辺りでもうあまり目的というものは無くなってきている。セキュリティスペシャリストで勉強した知識が業務に直結するかというとそういうわけでもないし、そもそもの話として応用情報やネットワークスペシャリストの知識が無くても仕事はできたりする。英語も全く使わないし。

しかし、よくよく考えてみると、「**のために勉強する」というのは合理的なようであるけれど、動機としては低俗なようにも思える。「社会で役に立たないのに数学をやるんですか?」というのとレベルとしては同じだ。仕事をしていると自由な時間も限られてくるので、なるべくフォーカスしている分野を外れないように効果的に物事を積み上げていくというのは一理ある。ただ、高い山は麓が広いように、広い知識や考え方があってこそ、高次な技術が養われる(と、大学の時に先生から何度も言われた)。

最近は別に高次な技術を養うためとかそういう目的もなく、ただ勉強するだけという事もある。「モテたくて楽器を始めたけれど、実際にはモテなかったし、音を出している瞬間が楽しいから続けていられる」という状況に近い。