気付けば一年が経った。リモートワークでわかった発信力の重要性

気付けば一年が経った。
ブログの更新は年に1度くらいのペースとなった。
一年前は、まだコロナウイルスが猛威を振るう前だった。
前回のエントリでピックアップやブリッジを交換したベースは、ビッグバンドの練習の時に、メンバーに貸し出したままとなってしまった。
また、ウイルスが沈静化したら、手元に戻ってくるであろう。

リモートワークでわかった発信力の重要性

リモートワークにより痛感することは、個人としての力量の必要性。これは、フリーランスや芸能人、インフルエンサーに限らない。そこら辺の会社員一人一人にも本来は求められていた。にも関わらず、我々はほとんどそれを意識できていなかったのではないか。正直、自分自身もそうだった。

特に、日本の企業に勤めていると、意識から遠ざかってしまうケースが多い。一律的な教育、差のつきにくい評価制度。更には、得たものを外部に発信するチャンスも少ない。あまり自分自身の強みや弱みを客観的に評価し、それに対してフィードバック制御をかける機会が少なかった。

リモートワークは、個人の感性、分析力、発信力、課題解決力が露骨に出るようになってしまった。感性が研ぎ澄まされていないと、そもそもの問題をキャッチできない。分析力がないと課題は明確にならない。発信しないと、フォロワーが生まれない。課題解決力がないと、目標は達成できない。どれもできない人は、落ちこぼれていき、電子の海の中で虚しい顔写真のアイコンだけが残る。

では、どのように生き残っていくか。これはもう、ひたすらトレーニングを積むしかない。日本人は、課題解決力は高い傾向にあるのではないか。しかし、フローの中でボトルネックは、発信力にあるように思える。周りで燻っている感性や分析をキャッチして発信するのが上手い人は、それだけで重宝されるだろう。

KenKen mini bass “Buddy For Life” のピックアップ交換、ブリッジ交換

KenKen の mini bass のピックアップを Bartolini に交換し、更にブリッジを Freedom Custom Guitar に交換した。


総評

総じて良かった。ピックアップ、ブリッジ共に、ネジ位置がピッタリなので、特に加工なしに交換が可能。Jazz Bass 標準というのはなんと素晴らしいことか。

音は好みの音になった。ピップアップもブリッジも同時に交換したので、どちらの効果かはわからない。多分ピックアップの効果が大きいのだろう。また、デッドポイントが無くなったようだ。純正の時は、G弦7フレットあたり(D音)の減衰が著しく早かった。こちらはブリッジの効果なのかなと思っている。

Bartolini 9S L/S

説明書に書かれている配線と、ベース内部の配線に違っている気がするが、よく見比べると一致している。後者に合わせれば音は出る。

https://bartolini.net/wp-content/uploads/Docs/PickupWiring1Conductor.pdf

写真(純正ピップアップの配線)の黒いケーブルの方が Ground なので、Braid 側を繋ぐ。

Freedom Custom Guitar ( フリーダムカスタムギターリサーチ ) / SP-BB-03 Bass Bridge Ver.3.0

特に何も考えずに取り付け。交換により弾きやすくなった気がする(弦高を下げられるようになったのか)

純正ブリッジは Vintage Type なので軽い。Freedom のブリッジの方が重いが、奏功し、ヘッド落ちが改善した。ペグを軽くすれば更に改善するかもしれないが、そもそも純正ペグの重量等の仕様が不明なので、先送り。弦を交換する最近あたりに測定してみることにする。

ブリッジ裏にはアース。

MOBO キーボード

MOBO キーボードを購入した。

MOBO Keyboard | MOBO

サマリ

タイピングのしやすさは悪くない。FILCO なんかと比べるとやむなしであるが、11~13 inch ノート PC のキーボードあたりとは遜色ないレベルと言える。

なので、外出先でちょっとメールを返信したり、打ち合わせの議事録を取ったりというのに、iPhoneAndroid を使えるようになる。

特に議事録を取るという点では便利かもしれない。iPhone を使えば、相手を遮るような感じにならないし、ホワイトボードの内容をそのまま写真に撮るといった事もできる。One Note でそのまま保存するなり、メールでシェアするという事もできる。

サイズ

畳んでいる時には文庫本サイズ。


写真左が MOBO Keyboard で、右が文庫本。

カバンには収納しやすい。

文庫本サイズなので、上着等のポケットに入れるというのはちょっと大変。スリーブケースに iPadMOBO Keyboard を入れて持ち歩くくらいだったらできるだろう。

打ち心地

11 inch の ノート PC のキーボードと同等という感じ。9.7 inch iPad の Smart Keyboard と比べると断然良い。

Smart Keyboard と比較して良い所は、タイピングのし易さに加えて、iPad を縦にして置く事もできるという点。文章を書くには、横よりも縦の方が使いやすいように感じる。

iOS の場合、キーボードが US 配置として認識されてしまうので、@ 等の記号位置に違和感が出る可能性はある。US 配置に慣れている人でも、逆 L 時のキーボードを打っていると、自然と記号位置も JIS 配列っぽい気分になってついついタイプミスしてしまうだろう(自分はそうであった)。

ペアリング

Bluetooth 2 台分、USB 1 台分の識別が可能。

ファンクションキーを使って、ペアリング済み機器に対して入力するデバイスの切り替えもできる。例えばデスクワークを行うにあたって、スマホタブレット、PC を MOBO Keyboard 一台で済ませるといった事もできない事はない。

Bluetooth も安定している。この文章を打っている時、一度認識しなくなったが、蓋の開閉 (OFF/ON) で復旧した。

ちなみに、Lightning - USBカメラアダプタ - Apple(日本) を使えば、iPhoneMobo Keyboard を有線で接続する事も可能であった。

その他

2018 年 1 月あたりから、Amazon 欠品中。アスキーストアで購入可能だが、発送まで 2 日程度かかる様子。

小型 PC

NEC Lavie Note Mobile に新モデルが出る。

https://pc.watch.impress.co.jp/docs/news/1101/418/amp.index.html

サイズと重量は全モデルより微増、その代わりに画面サイズが大きくなっている。

旧モデルの一番安いモデルを現在使っているが、動作に不満は特にない。というのも、画面が 11.6 インチなので、そもそもマルチタスクで複雑な作業をしないからだ。

旧モデルのバッテリーの持ちとしては、4時間くらいは普通に使える。人それぞれ使い方次第にはなるが、出先でちょっと作業するには問題ない。電源確保が難しい場所で常時作業を求められる人には向いてないだろうが、そういう人はそもそも Let’s Note とかを選ぶだろう。


目的は何か? 要件は何か?

試験項目というのは、要件を満たしているかを確認するためにあると言える。

電車で英語の小テストの採点をしている人がいた。

彼らは嘘をつくような生徒ではない。
They are not student to tell a lie.

上記のように日本語の文章を英訳するというテストは、どのような要件を満たしているか確認するためのテストなのだろうか。

大雑把に言えば、

  1. 正しい構文で英文を記述することができる
  2. 適切な英単語の選択ができる

となる。先ほどのテスト項目をクリアする事で、1, 2 の能力を保有していると解釈できる。

では、これら要件というのは、何の目的を達成するために存在するのだろうか。

想定としては次のものが挙げられる。

  • 日本語の文章を正しく英訳できる
  • 英語で自分の考えている事を表現できる

前者については確かにその通りだ。1, 2 を満たさなければ、日本語の文章を正しく英訳できない。後者についてはどうだろうか。1, 2 を満たしていなければ英語で自分の考えている事を表現できないのは確かだ。しかし、「彼らは嘘をつくような生徒ではない」を訳せなくても、英語で自分の考えている事を表現できる可能性はある。言い換えの表現がたくさんあるので、自分の知っている単語と、自分の得意な言い回しから文章を構築すればよいからだ。

一般的に言えば、日本語の英訳を求められるケースよりも、英語で自分の考えを表現する事を求められるケースの方が多い。前者は通訳の時くらいしか使わないだろう。にもかかわらず、日本語の文章を英訳するというテストが行われている。

テスト項目の選定が誤っている可能性もあるし、そもそも要件が特殊(ユースケースに合っていない)可能性もある。前者の場合は、要件を満たしているかの評価が適切に行えないという観点から問題がある。後者の場合は、そもそも教育の観点から問題がある。

という事で、目的、要件定義、それを評価するテスト項目の選定というのは難しいなと思った。

結論を先に述べる

「結論を先に述べる」事が重要なのは何故か? 答えは二つ。「レポートラインの中で効率よく情報を伝達できる」「分かってない人を分かった気にさせることができる」である。このやり方は非常に効率的な反面、情報の上澄みだけを拾う行為となるため、その真相や本質を捉えるのが難しくなる可能性がある。

以下は個人的な経験の話。ここ最近は、非常にどうでもいい情報の洪水の中から、有効なものを拾い集めて物事を判断するという作業に明け暮れている。まず結論としてどうか、事実として何があるかを広い、それらが確かたる所以をそのあとの文章から検証するというプロセスとなる。

このような状況下において、結論が先に来るというのは非常に重要だ。たくさんの情報の中で、結論をつなぎ合わせていく事で筋が通れば、概ねそれぞれの情報は確からしさを持っているといえる。その中で矛盾であるとか特異な結論が見られる場合、「確かたる所以をそのあとの文章から検証する」というステップを踏めばよい。

最近、ブログでもネットニュースでもなんでもそうだけれど、長ったらしい文章に対して「で、何が言いたいの」と思うようになってきた。「誤解、曲解する事が減ってきた」「理解できなかった部分はなにか」を適切に把握できるようになってきた半面、どうどでも取れる解釈に対して、自分自身のバックグラウンドを掛け合わせて自分なりの考えを巡らせるという事はほとんどなくなった。酷い時には文章一つ一つを読まず、単語を拾っているだけという有様である。

年を重ねるにつれて、明らかに文章を読むという能力が落ちてきている。うちの会社を見回すとそういう人が多いので、会社の色に染まっているのかもしれない。文章を読む事のできない、PowerPoint で作られた、いわゆる絵や図がないと資料を理解できないという類の人になりつつある。

そんな中で、わかった気にさせる、わかった気になるためには結論が先に来るのが手っ取り早い。わかりやすい文章を求め、理解出来ないことは「伝え方が悪い」という事にする。ただ、本当にその図式はいかなるケースにおいても通じるだろうか。

本質というのは確かにシンプルであるかもしれないが、それを理解するためには複雑なプロセスを経たり、そもそも十分なバックグラウンドが必要な事も多々ある。結論のみを吸収するというのは、そういった面倒なところを全て取っ払ってしまう。それは効率的な反面、誤った判断や自身の成長を阻害するといったリスクを含んでいる事を認識するべきだろう。

どの観点で見るか。

日野皓正氏、中学生の髪つかみ往復ビンタ「ソロパートが長くなりすぎたので」

この事例については、(1) 日野皓正氏を非難する意見、(2) 日野皓正氏を擁護する意見、(3) 生徒を非難する意見が見られる。一般的な人や教育関係者は (1) を、ジャズを演奏する人(アマチュア?)は (2) (3) を意見する傾向にある。これは、どういった視点でこの記事を見ているかに寄るのではないかと思った。

社会的観点

傷害罪や暴行罪が法律で定められているように、如何なる理由であれ、人を殴る、傷つけるというのは悪であるという大原則がある。なので、真っ当な人は (1) の結論になる。

教育的観点

昔は教育現場でも体罰というものがあったが、今の教育ではそのようなアプローチは当然望ましくないと考えられている。

体罰の禁止及び児童生徒理解に基づく指導の徹底について(通知):文部科学省

そのため、教育的観点からも (1) である。

独りよがりなドラムソロをやめさせる、という観点

まず、ジャズというのは特殊で、演奏家の裁量に委ねられる部分が非常に大きい。スモールバンドであれば、テーマと呼ばれる 32 小節程度の長さを1コーラスとした演奏を行い、その後はそれぞれの演奏家がメインとなり、コード進行に基づいて即興でソロをまわしていく。ソロではメロディもリズムもソリストに委ねられるし、そのコーラス数も自由となる。

そのため、空気の読めないソリストは嫌われる。上手くソロを終わらせる事が出来なくてダラダラとソロを取り続けたり、一人陶酔してソロを取り続けたりするなど、ウンザリする状況に巻き込まれる共演者は後を絶たない。

このような時にはなんとかソリストを引きずり下ろすという事をする。具体的には、ソリストが管楽器であればリズム隊が全員演奏するのをやめて一人で勝手に吹かせたり、次のソリストが強引に割って入ってソロをやめさせたりという方法で強引に潰すという方法が考えられる。例えばベースソロなんかは、すぐに潰される。つまらないベースソロを弾いてさらっと潰されることもあれば(自責)、誰がどうみても「これから盛り上がっていくぞ」というところで空気の読めないフロントが「もう2コーラス経ったから」みたいな理由で不自然にテーマを演奏し始める事で潰される(他責)など、ジャズを演奏する人なら誰しも思い当たる節があるだろう。

一方でソロを途中で潰しづらいのがドラマーである。ドラマーというのはとても支配力のある楽器である。音がでかいため、別の楽器でインタラプションをしようとしても、敵わない。ドラムソロが暴走した場合、周りは冷ややかな視線を向けてソロが終わるのをただ祈るくらいしかないのが現状である。ちなみに、プロであれば二度と仕事に呼ばれないだろう。

そういった背景があるため、「独りよがりなドラムソロをやめさせる」という観点でいうと、もう音楽的に潰すというのが不可能に近い。そのため、「スティックを奪い取る」とか「ドラムの椅子から引きずり下ろす」というのは(他に手がないという意味で)最適な選択と言える。殴るというのも、陶酔した状態を解除させるという意味ではある種確実な選択だったのかもしれない。

そのため、(2) のような意見だけでなく、(3) のような意見がでるのではないかと思った。